FIG-0072 / 人物・神格(Figure) / 渡来の人物
イスキリス・クリスマス
Isukirisu Kurisumasu (Jesus Christ in the Takeuchi Documents)
確度 A学術的定説
別名:イエス・キリスト、十来塚の主
竹内文書は、イエス・キリストは十字架で死なず日本へ渡り、青森県の十来塚がその墓であると記す。同書は世界の宗教指導者がいずれも来日して天皇に仕えたとする体系をとり、その一例としてこの人物を置く。世界の宗教史を日本の天皇統治の下に位置づける枠組みが、この記述の機能である。
実在性の評価 実在が有力
ナザレのイエスの歴史的実在は、タキトゥス『年代記』やヨセフスなど近接時代の外部史料により、歴史学上ほぼ争われていない。ただし竹内文書が記す来日と青森県での埋葬は、狩野亨吉の鑑定(1936年)以来の偽作判定の対象であり、これを裏づける史料は存在しない。
この評価は、その存在が歴史的に実在したかについての学説の分布を示すものである。 実在しないことは、その物語が果たしてきた働きを少しも減じない。
祭祀と受容
青森県新郷村(旧戸来村)の十来塚は、1935年に竹内巨麿が同村の大石神社を訪れた際にキリストの墓と認定したことに始まる。村は1964年に一帯をキリストの里公園として整備し、毎年6月のキリスト祭は宗教行事というより地域の年中行事として続いている。20世紀に外から与えられた由緒が在地の祭りとして定着した例にあたる。