NAR-0106 / 物語(Narrative) / カテゴリ:物語論
古史古伝(周縁からの対抗史)
Koshi-Koden: Counter-Histories from the Periphery
関連する関係レコード
派生 Derivation 日本の建国神話(記紀と万世一系) → 古史古伝(周縁からの対抗史) 確度B
古史古伝は、記紀が確立した枠組み(神代からの神統譜、天孫降臨、神武による王朝の開始)を参照点とし、その空白を埋めるか、周縁の側から書き換える形で構成されている。神武以前に上古25代・ウガヤフキアエズ王朝73代を置く竹内文書や上記、記紀の原資料であると称するホツマツタヱは、いずれも記紀の記述と対照されてはじめて意味をなす。当事者は自らを記紀に先行する独立の伝承と主張するが、本エッジはその主張を採らず、現存資料から確認できる成立の順序と参照関係にもとづいて派生として記録する。9世紀の氏族由緒書(古語拾遺、先代旧事本紀)が記紀を引用しつつ別伝を主張した形式は、この構図の先行形態にあたる。
対立 Opposition 古史古伝(周縁からの対抗史) → 日本の建国神話(記紀と万世一系) 確度A
二つの物語は、日本の起源を語る資格をどちらがもつかをめぐって相互排他的な主張をなす。古史古伝の側は記紀を不完全ないし改変されたものとみなし、自らを本来の伝承と称する。これに対し近世には玉田永教が『上記』を偽書と断定し、伴信友が『仮字本末』(1850年)で神代文字を否定し、江戸期の考証学は先代旧事本紀の序文を偽作と指摘した。近代には狩野亨吉が1935年に竹内文書として提示された資料をすべて偽造と鑑定して「天津教古文書の批判」(『思想』1936年6月号)を発表し、国家は1936年に竹内巨麿を不敬罪等で摘発している。摘発の論理は記紀に基づく王統の物語を国家が独占するというものであり、同時期に津田左右吉の記紀批判もまた発禁と起訴の対象となった点で対をなす。
派生 Derivation ナショナリズム → 古史古伝(周縁からの対抗史) 確度B
近代日本が国民国家としての起源を語る言語を必要とした過程は、古史古伝の生産と受容の条件でもあった。明治期には教部省が『上記』の翻訳を進め、大正から昭和初期にかけて宮下文書(1921年紹介)、竹内文書(1928年公開)、九鬼文書(1941年公表)が相次いで世に出て、いずれも日本を世界史の中心に置く構図を示した。戦後の東日流外三郡誌は、中央の国民的物語に対して東北という周縁の独自史を主張する形をとっており、同じ欲求が向きを変えて現れたものとして読める。
習合 Syncretism 神道 → 古史古伝(周縁からの対抗史) 確度B
近代の古史古伝は、神道系の教団組織を流通の回路とした。竹内巨麿は御嶽教に入信したのち1900年に教会を開き、のちの皇祖皇太神宮天津教のもとで1928年に竹内文書を公開した。九鬼隆治は1920年に皇道宣揚会を創設し、艮の金神の祭祀をめぐって大本と交渉したうえで、家伝と称する文書を三浦一郎に託して研究させた。神統譜・祭祀・神器という神道の語彙と実践が、超古代の王統を語る枠組みとして再利用されている。他方で神代文字の否定にみられるように、国学・神道の側からの批判も並行しており、関係は一様ではない(REL-0194を参照)。
対立 Opposition 古史古伝(周縁からの対抗史) → 文字 確度A
古史古伝の多くは、漢字伝来以前の日本に固有の文字(神代文字)が存在したという前提の上に立つ。これは、日本語の文字表記が漢字の受容から始まったという文字史の説明と両立しない。神代文字が近世以降の創作とされる根拠は、上代特殊仮名遣(キ・ヒ・ミ等における甲類乙類の書き分け)を反映せず平安以降の五十音図体系を前提としていること、表意文字の段階を経ずに整った表音文字が突如現れる点が文字発達史上不自然であること、阿比留文字がハングルと酷似すること、漢字伝来以前の遺跡・遺物からの出土例が皆無であることにある。上代特殊仮名遣は1917年の橋本進吉の論文によって広く知られたため、それ以前に作られた文字がこれを反映しえないことが年代判定の決定的な指標となっている。