FIG-0087 / 人物・神格(Figure) / 氏族祖
大友能直
Ōtomo Yoshinao
確度 A学術的定説
別名:近藤能直
承安2年(1172年)に生まれ貞応2年(1223年)に没した鎌倉初期の御家人で、豊後国守護・鎮西奉行を務め大友氏の祖となった。上記はこの人物が古文書をもとに同書を編纂したと序に記し、豊後という土地の由緒と結びつける。実在の地方領主を編纂者に据える手法は、竹内文書が平群真鳥を用いるのと同型である。同書が用いる豊国文字は学界で認められておらず、1223年の編纂という主張にも同時代の裏づけがない。
実在性の評価 実在が有力
『吾妻鏡』に源頼朝の「無双の寵仁」として現れ、建久7年(1196年)の豊前・豊後両国守護兼鎮西奉行の任官が記録される実在の御家人である。上記の序が記す貞応2年(1223年)の編纂については同時代の裏づけがなく、実際の偽作者を豊後の吉良義風とする説が有力視されるほか、発見者とされる幸松葉枝尺の関与も論じられる。
この評価は、その存在が歴史的に実在したかについての学説の分布を示すものである。 実在しないことは、その物語が果たしてきた働きを少しも減じない。