FIG-0147 / 人物・神格(Figure) / 在地首長
壬生連麿
Mibu no Muraji Maro
確度 A学術的定説
別名:壬生連麻呂、麿、ミブノムラジマロ
常陸国風土記行方郡の条に、難波長柄豊前大宮に天下を治めた天皇すなわち孝徳天皇の世、谷の池に堤を築かせた人物として記される。夜刀神が池のほとりの椎の株に集まって去らないのを見て、この池を修めるのは民を活かすためである、いかなる神が風化に従わないのかと言い、役民に目に見える魚虫の類は憚り恐れることなく打ち殺せと命じたところ、神は避け隠れたという。箭括麻多智が境を定めて祀ったのに対し、こちらは神の領分そのものを認めない。律令国家の開発が在地の神をどう扱ったかを、同じ郡の条が二段構えで記している。
実在性の評価 実在は不明
常陸国風土記行方郡の条に孝徳朝の人物として記されるが、他の史料に対応する記録を欠く。行方郡の建郡にかかわる壬生氏の伝承を担う人物とみられ、個人としての実在は検証できない。
この評価は、その存在が歴史的に実在したかについての学説の分布を示すものである。 実在しないことは、その物語が果たしてきた働きを少しも減じない。