FIG-0064 / 人物・神格(Figure) / 巫女・祭祀者
卑弥呼
Himiko
確度 A学術的定説
別名:俾弥呼、日巫女(当て字の一説)、親魏倭王
魏志倭人伝が伝える邪馬台国の女王。鬼道を事として衆を惑わし、姿を見せず、弟が補佐して国を治めたとされ、魏に遣使して親魏倭王の称号を受けた。古事記・日本書紀はいずれも卑弥呼の名を記さないが、日本書紀は神功皇后紀の分注に魏志の記事を引き、名を挙げないまま神功の治世を魏の年号に対応させている。この引用は紀年を中国史書に合わせるための編纂上の措置とみられ、記紀の紀年操作を検討する際の主要な材料となっている。
実在性の評価 実在が有力
三国志魏書東夷伝倭人条(魏志倭人伝)が同時代の外部史料として、239年の遣使と親魏倭王の金印紫綬の授与、247年の狗奴国との抗争、247年から248年ごろの死と径百余歩の冢の造営を記す。記紀は卑弥呼の名を一切記さないが、日本書紀は神功皇后紀に魏志の記事を引用して暗に重ねている。
この評価は、その存在が歴史的に実在したかについての学説の分布を示すものである。 実在しないことは、その物語が果たしてきた働きを少しも減じない。