FIG-0066 / 人物・神格(Figure) / 実在の王・大王
継体天皇
Emperor Keitai
確度 A学術的定説
別名:袁本杼命、男大迹王、彦太尊、ヲホド
古事記
袁本杼命
日本書紀
男大迹天皇(男大迹王)
武烈天皇に後嗣がなく、越前(または近江)から迎えられて即位したと伝えられる。河内の樟葉宮で即位した後、筒城宮・弟国宮を経て、即位から19年を経てようやく大和の磐余玉穂宮に入る。先帝の姉妹にあたる手白香皇女を皇后として皇統への接続を確保する。血統の連続が最も薄い箇所で王位が継承された事例として、万世一系の議論の焦点に立つ。
実在性の評価 実在が有力
水野祐は1954年に継体を新王朝(越前王朝)の創始者とする三王朝交替説を提示し直木孝次郎らが支持したが、1960年代に坂本太郎らが『上宮記』逸文の史料性を根拠に反論した。陵に治定される太田茶臼山古墳ではなく6世紀前半最大級の今城塚古墳を真の継体陵とみるのが歴史学・考古学界の定説であり、この点では実在と年代がほぼ確かめられている。
この評価は、その存在が歴史的に実在したかについての学説の分布を示すものである。 実在しないことは、その物語が果たしてきた働きを少しも減じない。