FIG-0079 / 人物・神格(Figure) / 氏族祖
安倍頼時
Abe no Yoritoki
確度 A学術的定説
別名:安倍頼良
陸奥国奥六郡の俘囚長として半独立の勢力を築き、1051年に鬼切部で国府軍を破り、天喜5年(1057年)に鳥海柵で没した。子に貞任・宗任らがあり、孫に奥州藤原氏初代の藤原清衡がいる。事績は『陸奥話記』など同時代に近い記録に伝えられる。東日流外三郡誌はこの実在の一族を荒羽吐族の後裔として位置づけ、超古代の系譜と中世東北の政治史を接続する結節点に据える。
実在性の評価 実在が有力
『陸奥話記』および『扶桑略記』など同時代に近い記録に前九年の役の当事者として現れ、実在が確認される。他方、安倍氏を安日彦・長髄彦の子孫とする系譜は中世以降の系図に現れるもので、史料上の裏づけを欠く。
この評価は、その存在が歴史的に実在したかについての学説の分布を示すものである。 実在しないことは、その物語が果たしてきた働きを少しも減じない。