FIG-0080 / 人物・神格(Figure) / 英雄
安倍貞任
Abe no Sadatō
確度 A学術的定説
別名:厨川次郎
安倍頼時の次男。父の戦死後に家督を継ぎ、弟宗任とともに源頼義・清原氏の連合軍と戦い、1062年に厨川で討たれた。事績は『陸奥話記』に前九年の役の中心人物として詳しく記される。中央に敗れた東北の代表的人物として後世に語り継がれ、東日流外三郡誌は貞任を荒羽吐族から安東氏へ至る系譜の要に置く。記紀の敗者ナガスネヒコと中世東北の敗者である貞任とを一つの血統に連ねる点が、同書の構成上の核心である。
実在性の評価 実在が有力
『陸奥話記』に前九年の役の中心人物として詳しく記され、康平5年(1062年)の厨川柵での敗死も記録される。安東氏・秋田氏が貞任の子高星を祖と称する系譜は中世以降の主張であり、系図の史料批判を要する。
この評価は、その存在が歴史的に実在したかについての学説の分布を示すものである。 実在しないことは、その物語が果たしてきた働きを少しも減じない。