FIG-0094 / 人物・神格(Figure) / 伝承上の天皇
反正天皇
Emperor Hanzei
確度 B有力だが異説あり
別名:水歯別命、蝮之水歯別命、瑞歯別天皇、多遅比瑞歯別天皇
古事記
水歯別命(蝮之水歯別命)
日本書紀
瑞歯別天皇(多遅比瑞歯別天皇)
履中天皇の同母弟で、丹比柴籬宮に都したと伝えられる。生まれながらに歯が一列にそろって美しかったことを名の由来とする記事のほかに事績はほとんどなく、日本書紀は治世を風雨が時に順い五穀が実った時期と短く記すにとどまる。記紀ともに在位年数と后妃・皇子女の系譜が記述の中心を占める。事績を欠いたまま系譜の連続だけを担い、皇統の物語における接続点として置かれる天皇である。
実在性の評価 実在の可能性あり
宋書倭国伝が438年に遣使したと記す倭王珍を反正に比定する説と仁徳に比定する説が並び、藤間生大・坂元義種の検討でもいずれとも定まらない。反正紀は事績をほとんど記さず、津田左右吉以来、系譜の骨格のみが伝えられた天皇とみられている。
この評価は、その存在が歴史的に実在したかについての学説の分布を示すものである。 実在しないことは、その物語が果たしてきた働きを少しも減じない。
祭祀と受容
陵は堺市の田出井山古墳が百舌鳥耳原北陵に治定されている。大阪府松原市の柴籬神社は丹比柴籬宮の伝承地としてこの天皇を祭神とし、歯が美しかったという記紀の記事にちなんで歯の神としての信仰を近代以降に集めた。事績を欠く天皇が、名の由来の一句によって特定の霊験と結びついた例である。