FIG-0122 / 人物・神格(Figure) / 氏族祖
大久米命
Ōkume no Mikoto
確度 A学術的定説
別名:大来目、天津久米命、天槵津大来目
古事記
大久米命
日本書紀
大来目
古事記が久米直等の祖とする人物で、道臣命とともに久米部を率い、宇陀の兄宇迦斯や忍坂の土雲八十建を討つ。イスケヨリヒメへの求婚を仲立ちする場面では、目のまわりに入れ墨をした「黥ける利目」を姫に怪しまれる。日本書紀は個人名としてよりも大来目・大来目部として記し、その遠祖を天槵津大来目とする。古事記が個人として立てる存在を日本書紀が集団の名で扱う点は、両書の氏族起源譚の書き方の差を示す。
実在性の評価 実在は否定的
久米直の祖として神武東征の説話にのみ現れ、外部史料による裏づけはない。久米部という軍事的職能集団の由緒を建国譚に置く造作とみられ、黥面の記述も習俗の起源を説く挿話として読まれている。
この評価は、その存在が歴史的に実在したかについての学説の分布を示すものである。 実在しないことは、その物語が果たしてきた働きを少しも減じない。
祭祀と受容
大和国高市郡の久米御県神社が延喜式神名帳に載り、隣接する久米寺は久米氏の氏寺と伝えられる。大来目部は宮門の警衛とともに久米舞を職掌とし、即位や大嘗の儀で奏された久米歌・久米舞が氏族の由緒を儀礼の形で伝えた。個人としての祭祀よりも、宮廷芸能として職掌が残った例である。