FIG-0124 / 人物・神格(Figure) / 氏族祖

神八井耳命

Kamu-Yaimimi no Mikoto

確度 A学術的定説

別名:神八井命、彦八井耳命

古事記
神八井耳命
日本書紀
神八井耳命

神武天皇とイスケヨリヒメの子で、異母兄タギシミミが皇位を狙った際に弟の神沼河耳命(綏靖天皇)とともにこれを討とうとする。しかし手足が震えて矢を射ることができず、弟が代わって射殺したため、みずから皇位を辞して弟を立て、祭祀を担う立場に退いたと記紀は伝える。古事記は意富臣・小子部連・坂合部連・火君・大分君・阿蘇君など19の氏の祖とし、日本書紀は多臣の祖と記す。王位を継がない兄が祭祀と氏族の祖に回るという構成は、多氏をはじめとする諸氏の由緒を皇統の起点へ直接つなぐ働きをもつ。

実在性の評価 実在は否定的

神武天皇の子として記紀の系譜にのみ現れ、外部史料による裏づけはない。津田左右吉以来、初期の皇統系譜は後世の編纂とみられており、多氏以下の広範な氏族をこの人物の後裔に連ねる記載は、諸氏の由緒を建国譚に接続する造作と解される。

この評価は、その存在が歴史的に実在したかについての学説の分布を示すものである。 実在しないことは、その物語が果たしてきた働きを少しも減じない。

祭祀と受容

大和国十市郡の多坐弥志理都比古神社は延喜式神名帳に名神大として載る多氏の氏社で、この神を祭神とする。肥後の阿蘇神社も名神大の社で、阿蘇氏は神八井耳命の子孫を称し、1914年に官幣大社へ列した。王位を継がずに祭祀へ退いたという記紀の筋書きが、中央の多氏から九州の阿蘇氏まで広い範囲の氏族が皇統への直結を主張する根拠として働いている。

種別
氏族祖
役割
始祖
系譜(親)
神武天皇
系譜(子)
(記載なし)
配偶
(記載なし)
初出テキスト
古事記