FIG-0134 / 人物・神格(Figure) / 豪族・臣

物部麁鹿火

Mononobe no Arakabi

確度 A学術的定説

別名:物部荒甲之大連、物部麁鹿火大連、麁鹿火

古事記
物部荒甲之大連
日本書紀
物部麁鹿火

日本書紀では武烈即位前紀に大連として名が現れ、継体21年に筑紫君磐井の反乱に際して将軍に任じられ、翌年に筑紫の三井郡で磐井を斬ったと記される。出征に際して天皇が長門より東は自らが治め筑紫より西は汝が治めよと授権したとする記事は、6世紀前半の王権と九州の関係を示す記述としてくり返し論じられてきた。古事記も物部荒甲之大連の名で同じ討伐を記すが、磐井を殺したとのみ簡潔に伝える。大和の王権が地方の勢力を武力で組み込む過程を代表する人物として置かれる。

実在性の評価 実在の可能性あり

古事記と日本書紀がともに磐井の乱の将としてこの人物を記し、先代旧事本紀「天孫本紀」も物部氏の系譜に大連として載せる。乱の相手である筑紫君磐井については、福岡県八女市の岩戸山古墳を筑後国風土記逸文が「筑紫君磐井の墓」と記し石人石馬も現存するが、麁鹿火自身の名を伝える同時代史料や金石文は知られていない。

この評価は、その存在が歴史的に実在したかについての学説の分布を示すものである。 実在しないことは、その物語が果たしてきた働きを少しも減じない。

祭祀と受容

個人を祀る社は知られない。物部氏の祭祀は大和の石上神宮と石見の物部神社に集約されており、実在の当主が祖神とは別に祀られることはなかった。

種別
豪族・臣
役割
征服
系譜(親)
(記載なし)
系譜(子)
(記載なし)
配偶
(記載なし)
初出テキスト
古事記