FIG-0153 / 人物・神格(Figure) / 集団の呼称

土蜘蛛

Tsuchigumo

確度 A学術的定説

別名:土雲、都知久母、ツチグモ

古事記
土雲
日本書紀
土蜘蛛

中央の史書と風土記が服属しない在地の勢力を呼ぶのに用いた語で、個別の名を伴って記される点に風土記の特徴がある。豊後国風土記は直入郡禰疑野の打猨・八田・国摩侶、大野郡網磯野の小竹鹿奥・小竹鹿臣、日田郡五馬山の五馬媛らを挙げ、肥前国風土記は総記の打猨・頸猨のほか松浦郡の海松橿媛・大耳・垂耳、彼杵郡の浮穴沫媛など多数を記す。名を持ち土地に結ばれて記録されているという点で、これらは中央から見た他称でありながら在地の首長の存在を伝える資料でもある。この語は後世に蔑称としての含意を強めて用いられてきた経緯があり、記述はあくまで中央の側の呼称として扱う必要がある。

実在性の評価 実在は不明

記紀と各国風土記に広く現れるが、いずれも中央の側が服属しない在地の勢力を指して用いた他称であり、自称としての用例はない。穴に住み背が低く尾があるといった描写は服属させる側の定型とみられ、実体としては律令支配に組み込まれる以前の在地首長層を指すと解するのが秋本吉郎・植垣節也らの校注をはじめとする通説である。

この評価は、その存在が歴史的に実在したかについての学説の分布を示すものである。 実在しないことは、その物語が果たしてきた働きを少しも減じない。

祭祀と受容

風土記が在地の首長の他称として用いた語は、平安末期以降の説話で山中に棲む怪異の名へ転じ、能の『土蜘蛛』や近世の絵画を通じて妖怪の像が定着した。奈良県御所市の高天彦神社の蜘蛛窟や京都の蜘蛛塚のように、塚として祀り鎮める形の遺構が各地に残る。近代には人種起源論の文脈で先住民の呼称として用いられた時期もあり、中央からの他称が時代ごとに別の枠組みへ組み替えられてきた語である。

種別
集団の呼称
役割
犠牲
系譜(親)
(記載なし)
系譜(子)
(記載なし)
配偶
(記載なし)
初出テキスト
古事記
登場テキスト
古事記日本書紀風土記