企業理念の地形
国家が建国神話を持つように、企業は理念を持つ。どちらも、集団がなぜ存在するのかを説明し、 内部の結束と外部への正当化を同時に担う物語である。ここでは世界141社の理念・ミッション・ ビジョン・バリューを収集し、どの型が使われ、どこから語を借り、いつ書き換えられたかを 地域と時代の2つの軸で並べる。文面の当否は問わない。構造だけを見る。
7つの類型
掲げられた一文が何に向けて書かれているかで分類した。 1社に1つの型を割り当て、迷う場合は各レコードの説明欄に理由を記している。
使命型が86社で全体の 60パーセントを占める。 これは地域を問わず最も多い型であり、現代の企業理念の既定の形だといえる。
地域による違い
横棒は各地域の内訳を100パーセントに正規化したものである。 右端の数字は社数。2社未満の地域は図から省き、下の一覧に含めた。
使命型はどの地域でも最多だが、比率は一定ではない。日本は30社中 14社にとどまり、代わりに家訓型6社・ 共同体型5社が入る。アメリカ合衆国は29社中 18社が使命型で、家訓型は1社もない。
家訓型8社の内訳は 日本 6社、東アジア 1社、アナトリア 1社である。 創業者の訓戒という形式は、東アジアにほぼ限られる。 共同体型21社は分布が違い、日本・インド亜大陸・東アジア・西ヨーロッパに散る。 協同組合、財団所有、従業員信託といった所有構造が理念を制度で担保している企業が ここに集まる。
時代による違い
設立年代で切ると、型の分布が動く。
1800年より前に創業した企業では家訓型が最多を占め、1800年代以降はどの年代も使命型が最多になる。 家訓型は古い形式であり、使命型は近代以降の形式である。 ただしこれは設立時の理念の型ではなく、現在掲げられている理念の型である点に注意がいる。 古い企業の多くは、近代以降に理念を書き直しているか、旧来の家訓の上に新しい枠を重ねている。
いつ書き換えられたか
各社の「改定の経緯」欄に現れる年を10年ごとに数えた。 改定回数そのものではなく、理念の来歴が語られるときにどの年代が言及されるかの分布である。
2000年代以降に山がある。理念の改定は近年に集中しており、その引き金として各社が挙げるのは、 創業者の退場、上場、合併、不祥事、事業転換、そして2010年代後半以降はESGとAIである。 一方で「制定以来改定していない」と明記する企業も6社ある。 書き換えないという選択もまた、理念の運用の一形態である。
どこから語を借りているか
理念の文面が、先行する物語のどの語彙圏から語を引いているかを記録した。 語の一致だけでは数えず、文脈が伴う場合にのみ計上している。1社が複数に該当することがある。
最も多いのは科学・工学の語彙である。進歩、革新、解決といった語が、 科学革命の語彙圏から入っている。 次いで自然・環境、宗教、建国神話が並ぶ。宗教の語彙は、使命、信条、奉仕といった語として現れる。 建国神話の語彙は、産業報国・事業報国のように国家を宛先として名指す形をとることが多く、 近年は書き換えられる傾向にある。
4つの尺度
どの理念がうまくいっているのかは、一つの数字では出せない。 ここでは存続年数・売上高・従業員数・所有の形の4つを別々の列として持ち、 合成した総合スコアを作らない。4つは違うものを測っているからである。 存続年数はその組織と物語がどれだけ持ちこたえたかを、売上高はある1年にどれだけの取引を通したかを、 従業員数はどれだけの人がその物語の内側で働いているかを、所有の形は誰が理念を書き換える権限を 持つかを測る。そしていずれも、掲げられた理念が本当かどうかは測っていない。
存続年数
もっとも長いのは金剛組の1,448年で、以下 住友金属鉱山 436年、同仁堂 357年、イオン 268年と続く。 100年以上が58社を占めるが、 これは収録が大企業に偏っていることの反映でもある。短命に終わった企業は、 理念を公表する主体としてそもそも残らない。
所有の形と類型
協同組合はすべて共同体型である。財団・信託所有と非上場にも共同体型が集まる。 理念を制度で担保する所有構造と、共同体を宛先とする理念の型は対応している。 一方、契約型は上場と国有・政府系にしか現れない。 株主や国家という明確な相手がいるとき、理念は約束の形をとる。
売上高が空欄の8社の内訳は 非上場 3社、国有・政府系 2社、財団・信託所有 1社、上場 1社、同族非公開 1社である。 数字がないこと自体が、所有の形と対応する情報になっている。
この分類の限界
◾︎ 収集は各社の公式サイトを第一の情報源とした。原文が確認できなかった企業は確度Cとして非公開扱いにしている。
この扱いは不在型を系統的に少なく見せる。理念を掲げない企業ほど原文が確認できず、
確度Cとして図から外れるためである。不在型の実数はここに見える数より多い
◾︎ 1社に1つの型を割り当てる方法は、複数の性格を併せ持つ理念を単純化する。
とくに旧来の社訓と新しいパーパスを併存させている企業では、どちらを採るかで型が変わる
◾︎ 収録は141社であり、世界の企業の分布を代表するものではない。
大企業と、理念を公表している企業に偏っている
◾︎ 理念の文面と、その企業が実際に行っていることの距離は、ここでは測っていない。
この2つは別の問題であり、混ぜて論じると理念の分析としても行動の評価としても精度を失う