FIG-0048 / 人物・神格(Figure) / 伝承上の天皇
孝昭天皇
Emperor Kōshō
確度 A学術的定説
別名:御真津日子訶恵志泥命、観松彦香殖稲天皇
古事記
御真津日子訶恵志泥命
日本書紀
観松彦香殖稲天皇
第5代とされる天皇。掖上池心宮で即位したと伝えられる。記紀ともに系譜記載に限られ事績を伝えない。子のアメオシタラシヒコが和珥氏など多くの氏族の祖とされ、系譜の分岐点として機能する。
実在性の評価 実在は否定的
津田左右吉は、この八代が帝紀由来の系譜のみを伝え旧辞にあたる事績を欠くこと、「ヒコ」「ヤマトネコ」といった称号要素が7世紀後半の天皇の和風諡号と共通することなどから、皇統を古く見せるための後世の造作とみた。他方、坂本太郎は、后妃がいずれも大和周辺の小豪族から出ており後世の造作なら有力豪族を結びつけたはずだとして、系譜は古い伝承として尊重すべきだと反論した。
この評価は、その存在が歴史的に実在したかについての学説の分布を示すものである。 実在しないことは、その物語が果たしてきた働きを少しも減じない。