FIG-0067 / 人物・神格(Figure) / 実在の王・大王
厩戸皇子
Prince Umayado
確度 B有力だが異説あり
別名:聖徳太子、厩戸豊聡耳皇子命、上宮之厩戸豊聡耳命、上宮豊聡耳皇子、豊聡耳法大王、上宮王
古事記
上宮之厩戸豊聡耳命
日本書紀
厩戸豊聡耳皇子命
推古天皇の摂政として冠位十二階・十七条憲法の制定、遣隋使の派遣、仏教興隆を担ったと日本書紀は伝える。古事記は推古段に上宮之厩戸豊聡耳命の名を系譜として挙げるにとどまり、事績を記さない。実在は近接時期の金石・工芸資料により裏づけられるが、聖徳太子という像は751年成立の懐風藻を初見とする呼称を含めて後世に形成されたものである。記紀の人物像がどこまで同時代の実像かを問う試金石にあたる。
実在性の評価 実在が有力
法隆寺金堂釈迦三尊像光背銘(623年の紀年をもつ)や天寿国繡帳銘など近接時期の資料が上宮法皇の存在を伝え、人物の実在自体は疑われていない。大山誠一は1999年以降、事績の大半と聖人化が日本書紀編纂を通じて造作されたとする説を提起したが、これは実在の否定ではなく事績と信仰の後代形成を論じるもので、賛否が続いている。
この評価は、その存在が歴史的に実在したかについての学説の分布を示すものである。 実在しないことは、その物語が果たしてきた働きを少しも減じない。