FIG-0097 / 人物・神格(Figure) / 伝承上の天皇
清寧天皇
Emperor Seinei
確度 A学術的定説
別名:白髪大倭根子命、白髪王、白髪武広国押稚日本根子天皇
古事記
白髪大倭根子命
日本書紀
白髪武広国押稚日本根子天皇
雄略天皇の子で、生まれながらに白髪であったことを名の由来とすると記紀は記す。星川皇子の乱を鎮めて磐余甕栗宮に都したが、后妃も皇子女もないまま没したと伝えられる。播磨に身を隠していた億計・弘計の兄弟が発見されて宮に迎えられる記事が、その治世に置かれる。皇統が一度途切れかけ、傍系から接ぎ直される場面を用意する天皇である。
実在性の評価 実在は不明
清寧に関する記述は記紀と先代旧事本紀に限られ、宋書などの外部史料にも金石文にも対応する記事がない。津田左右吉以来、後嗣を欠く天皇を置いて次代の発見譚へ橋渡しするという構成上の位置づけが指摘されており、実在を検証する手段を欠く。
この評価は、その存在が歴史的に実在したかについての学説の分布を示すものである。 実在しないことは、その物語が果たしてきた働きを少しも減じない。
祭祀と受容
陵は羽曳野市の白髪山古墳が河内坂門原陵に治定されている。天皇自身を祭神とする社は知られない。