FIG-0102 / 人物・神格(Figure) / 実在の王・大王
宣化天皇
Emperor Senka
確度 B有力だが異説あり
別名:建小広国押楯命、武小広国押盾天皇、檜隈高田皇子
古事記
建小広国押楯命
日本書紀
武小広国押盾天皇
安閑天皇の同母弟で、檜隈廬入野宮に都したと伝えられる。三河・尾張・播磨などの屯倉の穀を筑紫の那津官家に集めさせ、外交と防衛の拠点を整えたと日本書紀は記す。大伴金村・物部麁鹿火を大連、蘇我稲目を大臣とする体制がこの代に整う。娘の石姫が欽明天皇の皇后となって敏達天皇を生むため、系譜は宣化を経由して次代へ接続する。
実在性の評価 実在の可能性あり
宣化紀は在位4年と短く事績も限られるが、那津官家の修造記事は北九州における王権の拠点整備を伝えるものとして吉村武彦らに注目されている。安閑と同じく、喜田貞吉らの継体・欽明朝内乱説のもとでは欽明朝との並立が想定され、日本書紀の継承記事の理解が分かれる。
この評価は、その存在が歴史的に実在したかについての学説の分布を示すものである。 実在しないことは、その物語が果たしてきた働きを少しも減じない。
祭祀と受容
陵は橿原市の鳥屋ミサンザイ古墳が身狭桃花鳥坂上陵に治定されている。天皇自身を祭神とする社は乏しい。