FIG-0129 / 人物・神格(Figure) / 氏族祖

平群木菟宿禰

Heguri no Tsuku no Sukune

確度 A学術的定説

別名:平群都久宿禰、木菟宿禰、都久足尼

古事記
平群都久宿禰
日本書紀
平群木菟宿禰

古事記は建内宿禰の子の一人として平群臣・佐和良臣・馬御樴連の祖と記し、日本書紀は平群臣の祖とする。日本書紀仁徳即位前紀は、応神天皇の子と同じ日に生まれ、産屋に木菟と鷦鷯がそれぞれ飛び込んだため両家で名を交換したと伝え、天皇家と平群氏の由緒を並べる説話を残す。応神朝には紀角宿禰らとともに百済へ遣わされ、履中の即位を助けて国事を執ったとも記される。同族の平群真鳥は武烈即位前に滅ぼされたと日本書紀が記しており、平群氏の由緒はこの人物に、没落はその子孫に振り分けられている。

実在性の評価 実在は不明

記紀の系譜と説話にのみ現れ、外部史料による裏づけはない。武内宿禰を諸氏共通の祖とする系譜が7世紀後半ごろの造形とする説が有力であり、この人物も平群氏が由緒として遡らせた名とみる整理が通説である。

この評価は、その存在が歴史的に実在したかについての学説の分布を示すものである。 実在しないことは、その物語が果たしてきた働きを少しも減じない。

祭祀と受容

大和国平群郡の平群坐紀氏神社が延喜式神名帳に載り、平群谷に氏族の名を残す。この人物を単独で祀る社は知られない。

種別
氏族祖
役割
始祖
系譜(親)
武内宿禰
系譜(子)
(記載なし)
配偶
(記載なし)
初出テキスト
古事記
登場テキスト
古事記日本書紀