FIG-0141 / 人物・神格(Figure) / 神格

佐太大神

Sada no Ōkami

確度 A学術的定説

別名:佐太御子、佐太大神命、佐陀大神

出雲国風土記島根郡加賀郷の条に、支佐加比売命が加賀の神埼の岩屋で産んだ神として記される。母が「暗き岩屋なるかも」と言って金の弓矢を射たところ岩屋が光り輝いたことが加賀の地名の由来とされ、この窟を船で通る者は必ず声を上げて過ぎねば神が現れて船を覆すという禁忌が併せて記される。記紀にはこの神も誕生譚も現れず、出雲が独自に伝えた大神である。中世以降サルタヒコと重ねられてきたが、風土記の記述にその根拠はない。

実在性の評価 神話的存在

出雲国風土記(733年成立、現存する風土記のうち唯一ほぼ完本)が所造天下大神・熊野大神・野城大神と並ぶ四大神の一つに数える出雲西部の主神で、歴史的実在は想定されない。中世以降サルタヒコと同一視されるが、これは佐太神社の社伝を通じた後代の接続とみるのが秋本吉郎・植垣節也らの校注の立場である。

この評価は、その存在が歴史的に実在したかについての学説の分布を示すものである。 実在しないことは、その物語が果たしてきた働きを少しも減じない。

祭祀と受容

島根県松江市の佐太神社は延喜式神名帳に出雲国秋鹿郡の大社として載り、出雲国二宮として神在祭を伝え、佐陀神能は2011年にユネスコの無形文化遺産に登録された。中世以降、正中殿の祭神を猿田彦大神とする理解が定着したが、出雲国風土記の佐太大神の記述に猿田彦と結ぶ根拠はなく、名の音の近さによる読み替えとみられる。在地の大神が記紀の神名へ置き換えられる過程を、風土記の本文と現在の祭神表記の差として確かめられる例である。

種別
神格
役割
秩序化
系譜(親)
キサカヒメ
系譜(子)
(記載なし)
配偶
(記載なし)
初出テキスト
風土記
登場テキスト
風土記
関与する物語
神道
対応人物(他の文献で対応づけられる存在)
サルタヒコ