FIG-0053 / 人物・神格(Figure) / 伝承上の天皇
崇神天皇
Emperor Sujin
確度 B有力だが異説あり
別名:御眞木入日子印恵命、御間城入彦五十瓊殖天皇、所知初國御眞木天皇、御肇國天皇、ハツクニシラススメラミコト、美萬貴天皇
古事記
御眞木入日子印恵命
日本書紀
御間城入彦五十瓊殖天皇
疫病と反乱に見舞われた際、夢に現れた大物主の託宣に従いオオタタネコに三輪山を祀らせて事態を鎮める。四道将軍を派遣して各地を平定し、初めて課役を定めたとされ、記紀ともに「初めて国を治めた天皇」の称を与える。常陸国風土記には美麻貴天皇の名で現れる。古事記の記す崩年干支の戊寅を258年とするか318年とするかで議論が続き、いずれとも断定されていない。
実在性の評価 実在の可能性あり
井上光貞は崇神を実在を確かめうる最初の天皇とみ、水野祐は1954年に崇神を古王朝(三輪王朝)の創始者とする三王朝交替説を唱えた。古事記が崩年干支を戊寅と記すことから258年説と318年説が併存するが、いずれも文献内部の推定にとどまり、同時代の外部史料や金石文による確認はない。
この評価は、その存在が歴史的に実在したかについての学説の分布を示すものである。 実在しないことは、その物語が果たしてきた働きを少しも減じない。
祭祀と受容
記紀が伝える宮中からの天照大神の遷座と大和神社の創祀の説話は、伊勢神宮および大和国山辺郡の大和坐大国魂神社(名神大)の起源譚として受け継がれた。天皇自身を祭神とする社は乏しく、幕末に山辺道勾岡上陵が現在の行燈山古墳に治定された。
原典に登場する箇所17節
- 中巻 第62節開化天皇と日子坐王の裔
- 中巻 第63節崇神天皇の后妃と御子
- 中巻 第64節疫病と意富多多泥古
- 中巻 第66節建波邇安王の叛乱
- 中巻 第67節初国知らしし御真木天皇
- 中巻 第68節崇神天皇の年齢と陵
- 巻第四 第89節開化天皇と春日率川宮
- 巻第五 第90節即位と系譜、磯城瑞籬宮
- 巻第五 第91節疫病と、二神を宮の外に祭る
- 巻第五 第92節大物主神の託宣と大田田根子
- 巻第五 第93節武埴安彦の反逆と箸墓
- 巻第五 第94節四道将軍の派遣
- 巻第五 第95節課役と造船、任那の朝貢
- 巻第五 第96節出雲の神宝と出雲振根
- 巻第五 第97節崩御と山辺道上の陵
- 巻第六 第98節即位と纒向珠城宮
- 巻第六 第103節倭姫命の巡行と伊勢の祠