FIG-0060 / 人物・神格(Figure) / 伝承上の天皇
神功皇后
Empress Jingū
確度 A学術的定説
別名:息長帯比売命、大帯比売命、気長足姫尊、大足姫命、大帯日姫
古事記
息長帯比売命(大帯比売命)
日本書紀
気長足姫尊
仲哀天皇の后。神託を受けて夫の死後に軍を率い、身重のまま海を渡って新羅を降し、百済・高句麗も従えたと伝えられ、帰還後に応神を生んで長く政を執る。日本書紀は神功に一巻を与えて摂政として紀年を立て、歴代に準じて扱う。一方でその造形の核は、神の言葉を受けて託宣を告げる巫女的な性格にある。肥前国風土記にも息長足比売命の名で巡行の記事が見える。
実在性の評価 実在は否定的
津田左右吉は三韓征伐の物語を6世紀ごろに形成された伝説とみ、直木孝次郎は斉明天皇や持統天皇を造形の下敷きとする説を唱えた。日本書紀が神功紀に魏志倭人伝の記事を引いて暗に卑弥呼に重ねる点は、紀年を中国史書に合わせるための編纂上の措置とみるのが現在の通説である。
この評価は、その存在が歴史的に実在したかについての学説の分布を示すものである。 実在しないことは、その物語が果たしてきた働きを少しも減じない。
祭祀と受容
住吉大社の第四本宮と宇佐神宮の第三殿に祀られ、八幡信仰の中核をなす祭神の一に数えられる。1881年(明治14年)に日本で最初の肖像入り紙幣の図柄に採られ、近代の国民的な図像となった。1926年(大正15年)の皇統譜令により歴代天皇から外され、日本書紀が一巻を与えた扱いと近代の位置づけとが分かれることになった。
原典に登場する箇所24節
- 中巻 第62節開化天皇と日子坐王の裔
- 中巻 第95節仲哀天皇の后妃と皇子
- 中巻 第96節琴の音が絶える
- 中巻 第97節大祓と神の名
- 中巻 第98節新羅へ渡る
- 中巻 第99節玉島の川で年魚を釣る
- 中巻 第100節喪船の計と忍熊王
- 中巻 第102節待酒の歌
- 中巻 第103節仲哀天皇と神功皇后の崩御
- 中巻 第115節天日槍の子孫と八つの神宝
- 巻第八 第120節即位と系譜、穴門豊浦宮
- 巻第八 第121節筑紫への行幸と、熊襲を討つ議
- 巻第八 第122節神の託宣と、天皇の不信
- 巻第八 第124節喪を匿し、豊浦宮に殯する
- 巻第九 第125節皇后の系譜と、神の名を問う
- 巻第九 第126節熊襲の平定と、羽白熊鷲・田油津媛
- 巻第九 第127節玉嶋の釣りと、新羅への渡海
- 巻第九 第128節誉田別尊の誕生と、筑紫からの帰還
- 巻第九 第129節麛坂王・忍熊王の反と、菟道の戦い
- 巻第九 第130節誉田別皇子の立太子と、角鹿の笥飯大神
- 巻第九 第131節百済との通交と、七枝刀の献上
- 巻第九 第132節魏志・百済記の引用と、半島三国の記事
- 巻第九 第133節崩御と狭城盾列陵
- 巻第十 第134節誉田別尊の即位と、名の由来