FIG-0155 / 人物・神格(Figure) / 氏族祖
賀茂建角身命
Kamo Taketsunumi no Mikoto
確度 A学術的定説
別名:賀茂建角身、鴨建角身命、八咫烏鴨武角身命
山城国風土記逸文は、この神が日向の曾の峰に天降り、神武天皇を先導して大和の葛木山に宿り、山代国の岡田の賀茂を経て賀茂川を遡り、久我国の北の山の麓に鎮まったと記す。丹波の伊可古夜日売を娶って玉依日子・玉依日売をもうけ、賀茂県主の祖となったとされる。記紀は東征の先導者を八咫烏という鳥の姿でのみ記し、その名も系譜も語らない。両者を同一とする理解は新撰姓氏録以降のもので、氏族の始祖伝承が中央の建国譚に接ぎ木された経緯を示している。
実在性の評価 神話的存在
山城国風土記は現存せず、この神の事績は釈日本紀が引く逸文によってのみ伝わる。新撰姓氏録が八咫烏に化して神武を導いた賀茂県主の祖とすることから、賀茂氏の始祖伝承が神武東征譚に接続された結果とみられている。
この評価は、その存在が歴史的に実在したかについての学説の分布を示すものである。 実在しないことは、その物語が果たしてきた働きを少しも減じない。
祭祀と受容
賀茂御祖神社(下鴨神社)は延喜式神名帳に山城国愛宕郡の賀茂御祖神社二座として名神大に列し、賀茂県主が奉斎してこの神と玉依媛命を祀る。賀茂祭は平安期に勅祭とされ、810年以降は斎院が置かれて王権の祭祀に組み込まれた。記紀が名も系譜も語らない八咫烏とこの神を同一とする理解は新撰姓氏録以降のもので、氏族の始祖伝承が建国譚に接続された結果である。