NAR-0017 / 物語(Narrative) / カテゴリ:近代イデオロギー

ナショナリズム

Nationalism

確度 B有力だが異説あり
発生年代
18世紀後半
中核テキスト
(なし)
中核概念
国民、主権、天賦人権
伝播経路
大西洋革命期の人民主権の主張と結びついて成立し、出版産業、国民教育、徴兵制、国勢調査といった制度を通じて大衆化した。19〜20世紀には帝国支配への対抗言説としてアジア・アフリカにも広がり、脱植民地化の枠組みとなった。
現在の信奉者規模
測定不能(帰属を測る国際的に標準化された統計がない。発生年代は近代主義的解釈(ゲルナー、アンダーソン、ホブズボーム)に依拠しており、前近代的起源を認めるエスノシンボリズムからの有力な異説がある。)
対抗物語
帝国
現代への影響
主権国家体系と国際機構の構成単位を規定し、移民、言語政策、自決要求をめぐる現代の争点に枠組みを与えている。

関連する関係レコード

派生 Derivation 民主主義 → ナショナリズム 確度B

統治の正統性を人民の同意に置く近代民主主義の原理は、「人民とは誰か」という成員の境界を確定する問いを不可避に伴い、その答えとして領域的・文化的に画定された「国民」が構成された。アメリカ独立とフランス革命の文書に定式化された人民主権が、19世紀の国民国家形成の語彙を供給したとみる系譜である。旧版は逆向き(ナショナリズム→民主主義)に記録していたが、NAR-0019 を近代の代議制民主主義(代表年1776年)として再定義したことに伴い向きを改めた。ただしリア・グリーンフェルドのように、16世紀イングランドに遡る国民観念こそが人民主権を生んだとする逆方向の説明も有力であり、両者はほぼ同時代の現象であるため方向性は依然として争われている。確度はB。

成立:18世紀後半(1776年〜1789年) / 根拠:Bernard Yack, "Popular Sovereignty and Nationalism" (2001); ベネディクト・アンダーソン『想像の共同体』; リア・グリーンフェルド『ナショナリズム——五つの道』(逆方向を主張する側)

対立 Opposition ナショナリズム → 社会主義 確度A

帰属の第一義を国民に置く物語と、階級を第一義に置き国際的連帯を掲げる物語の対立。第一次世界大戦時に社会主義政党が自国支持へ転じたことで、両者の緊張が歴史的に露呈した。

成立:1848年〜1914年 / 根拠:マルクス/エンゲルス『共産党宣言』; エリック・ホブズボーム『ナショナリズムの歴史と現在』; ベネディクト・アンダーソン『想像の共同体』

輸入翻訳 Import / Translation ナショナリズム → 日本の建国神話(記紀と万世一系) 確度B

明治国家が西欧の国民国家モデルと「ネイション」概念を受容し、記紀神話と万世一系を国家の起源譚として再編・制度化した(憲法・教育勅語・国家神道)。近世以来の言説の連続性を強調する説もあり、翻訳の度合いには幅がある。

成立:1868年〜1890年 / 根拠:安丸良夫『近代天皇像の形成』; ベネディクト・アンダーソン『想像の共同体』(公定ナショナリズム); 村上重良『国家神道』

輸入翻訳 Import / Translation ナショナリズム → ナイジェリア国民統合の物語 確度B

植民地行政が画定した境界を所与として、ヨーロッパ由来の国民国家モデルが受容され、多民族・多宗教を包摂する「一つのナイジェリア」という統合物語へ翻案された。地域主義との緊張は独立後も持続し、翻訳の完成度については評価が分かれる。

成立:1914年〜1960年 / 根拠:ベネディクト・アンダーソン『想像の共同体』; トヨイン・ファロラ&マシュー・ヒートン『A History of Nigeria』; チヌア・アチェベ『There Was a Country』

輸入翻訳 Import / Translation ナショナリズム → イスラエル建国の物語(シオニズム) 確度B

中東欧で高揚した民族自決型ナショナリズムの語彙と組織形式(民族会議、機関紙、移民支援組織)が、ユダヤ人の集団的自決の構想として受容・翻案された。ヘルツルらは同時代のヨーロッパ諸民族の運動を明示的に参照している。発生地の中東欧に該当するREG項目が本表にないため西ヨーロッパを参照した。

成立:1882年〜1897年 / 根拠:シュロモー・アヴィネリ『The Making of Modern Zionism』; ベネディクト・アンダーソン『想像の共同体』; デレク・ペンズラー『Zionism: An Emotional State』

輸入翻訳 Import / Translation ナショナリズム → トルコ共和国の物語(ケマリズム) 確度B

青年トルコ革命以降に受容されたヨーロッパ由来の国民概念が、オスマン的な多宗教・多言語の臣民秩序に代えて、領域と言語を基準とするトルコ国民の物語として制度化された。国語改革、歴史教育、国勢調査を通じた大衆化はヨーロッパのモデルの翻案にあたる(成立地域はアナトリアで、本表のREG項目に該当なし)。

成立:1908年〜1931年 / 根拠:エリック=ヤン・チュルヒャー『Turkey: A Modern History』; ベネディクト・アンダーソン『想像の共同体』; M.シュクリュ・ハーニオール『The Young Turks in Opposition』

輸入翻訳 Import / Translation ナショナリズム → 檀君神話と韓民族の物語 確度B

ヨーロッパ由来の民族=国民概念と民族史の叙述形式が受容され、文献に伝わる檀君伝承が「韓民族」の単一の始祖として再文脈化された。申采浩の史論、大倧教の運動、近代教科書の編纂がその媒体となった。伝承の存在自体は前近代に遡るため、翻訳の対象は伝承そのものではなく近代的な民族史の枠組みである。

成立:1900年代〜1940年代 / 根拠:アンドレ・シュミット『Korea Between Empires』; 申采浩『読史新論』; ヘンリー・H・エム『The Great Enterprise』

派生 Derivation ナショナリズム → ファシズム 確度B

国民を有機的な統一体とみなす言説が、第一次世界大戦の動員経験と戦後の危機のなかで、国民の再生・敵の排除・指導者への権威集中を掲げる運動の枠組みへ再編された。革命的サンディカリズム由来の要素を重視する説(ステルンヘル)と、民族主義的右派の系譜を重視する説(パクストン)があり、起源の比重は学説上の争点である。

成立:1919年〜1922年 / 根拠:ロバート・O・パクストン『ファシズムの解剖学』; ゼエヴ・ステルンヘル『The Birth of Fascist Ideology』; ロジャー・グリフィン『The Nature of Fascism』

対立 Opposition アナキズム → ナショナリズム 確度B

国家という強制装置とその正統化を拒否する物語と、国民国家を帰属と主権の単位とする物語の対立。アナキズム系の組織は徴兵と国境を批判し、国際的な労働者の連帯を対置した。ただし反植民地闘争ではアナキストが民族解放運動と共闘した事例もあり、対立は綱領の水準に限定されるため確度はB。

成立:1870年代〜1930年代 / 根拠:ベネディクト・アンダーソン『三つの旗のもとに』; ジェイムズ・ジョル『The Anarchists』; ピョートル・クロポトキン『相互扶助論』

輸入翻訳 Import / Translation ナショナリズム → ユーラシア主義 確度B

言語・民族・領域を単位とするヨーロッパ由来の国民概念と民族史の叙述形式が受容されたうえで、帰属の単位を単一民族ではなく多民族を包含する「ユーラシア」文明へ置き換える形で再文脈化された。ヨーロッパ的近代の否定を掲げながらその概念装置を用いる点に、翻訳としての性格が現れている。この位置づけは研究側の分析(ラリュエル)であり、西欧思想からの断絶を主張する運動自身の自己記述とは対立する。成立地域はNAR-0049と同じく、亡命先(ソフィア、プラハ、ベルリン、パリ)を含む西ヨーロッパを暫定的に参照している。

成立:1921年〜1930年代 / 根拠:マルレーヌ・ラリュエル『Russian Eurasianism』; ニコライ・トルベツコイ『ヨーロッパと人類』; マーク・バシン他編『Between Europe and Asia』

輸入翻訳 Import / Translation ナショナリズム → パン・アフリカニズム 確度B

ヨーロッパ由来の民族自決と国民国家の語彙が、単一の国民ではなく大陸およびディアスポラという単位へ拡大して翻案された。ディアスポラ社会で形成された言説が独立運動の指導者の帰国により大陸へ還流し、独立国家の樹立と大陸統合という二つの綱領の緊張として制度化された点に、この翻訳の特徴がある。翻案の幅が大きく「輸入翻訳」という種別の当てはめには判断が入る。また、起源をエチオピアニズムや奴隷制廃止運動などディアスポラ固有の系譜に求め、ヨーロッパ由来の語彙の受容という説明を退ける議論もある。

成立:1900年〜1963年 / 根拠:ベネディクト・アンダーソン『想像の共同体』; ハキーム・アディ『Pan-Africanism: A History』; フレデリック・クーパー『Africa in the World』

派生 Derivation 印刷革命 → ナショナリズム 確度B

俗語の出版市場が方言を標準語へ収斂させ、新聞と小説が見知らぬ読者どうしの同時性の感覚を作り出したことが、国民という想像の様式の技術的条件になったとアンダーソンは論じた。出版資本主義を必要条件とみるか一要因とみるかについては異論がある。REL-0009の向き改訂により印刷革命→…→民主主義→ナショナリズムという多段の経路が生じるが、本エッジは俗語出版市場による読者共同体の形成という技術的・メディア論的機構を主張するものであり、人民主権の境界画定という経路とは独立であるため、記法補則v1.1により維持する。

成立:18〜19世紀 / 根拠:ベネディクト・アンダーソン『想像の共同体』; アーネスト・ゲルナー『民族とナショナリズム』

派生 Derivation ナショナリズム → ドイツ国民の物語 確度B

ナポレオン支配への反発を契機に、言語と文化を共有する集団が政治的統一の単位であるという定式がドイツ語圏で具体化した。ドイツは受容地であると同時にこの物語の形成地でもあり、輸入というより並行的な派生とみるのが妥当である。

成立:1806年〜1871年 / 根拠:エリック・ホブズボーム『ナショナリズムの歴史と現在』; Otto Dann, Nation und Nationalismus in Deutschland

輸入翻訳 Import / Translation ナショナリズム → インドの建国神話(非暴力と多元主義) 確度B

西欧起源の国民国家と主権の語彙が、英語教育を受けた法律家・官僚層を通じて受容され、多言語・多宗教の亜大陸に適合する形へ組み替えられた。憲法制定議会の審議はこの翻訳作業の記録である。

成立:1885年〜1950年 / 根拠:Granville Austin, The Indian Constitution; パルタ・チャタジー『ナショナリズムと植民地世界』

輸入翻訳 Import / Translation ナショナリズム → メキシコのメスティサヘ 確度B

ヨーロッパ由来の国民概念が、単一の民族的起源を欠く社会において混血という共有された起源の物語へ置き換えられて受容された。人種を否定するのではなく再定義することで国民の同質性を確保する翻案である。

成立:1810年代〜1920年代 / 根拠:ホセ・バスコンセロス『宇宙的人種』; Alan Knight, Racism, Revolution, and Indigenismo

輸入翻訳 Import / Translation ナショナリズム → ロシアの物語(第三のローマ/ルーシ起源) 確度B

西欧起源の国民という枠組みが、正統信仰・専制・国民性という公式ナショナリティの定式や、スラヴ派と西欧派の論争を通じて受容され、ルーシ起源と第三のローマの語りが国民の物語として再編成された。

成立:19世紀 / 根拠:ニコライ・リアザノフスキー『Nicholas I and Official Nationality in Russia』(1959); アンドレアス・カッペラー『ロシア帝国』(1992)

輸入翻訳 Import / Translation ナショナリズム → ブラジルの人種民主主義 確度B

国民の同質性を求めるヨーロッパ起源の枠組みが、多様な出自の人口を抱える社会に適用される際、同質性の根拠を血統ではなく混淆そのものに求める形へ翻案された。ヴァルガス期の中央集権的な国民統合政策がこの翻案を制度化した。

成立:1930年代 / 根拠:ジウベルト・フレイレ『大邸宅と奴隷小屋』(1933); トマス・スキッドモア『Black into White』(1974)

輸入翻訳 Import / Translation ナショナリズム → シンガポールの多民族国家の物語 確度B

単一の民族を単位とする国民の枠組みが適用困難な移民社会において、複数の人種カテゴリーの共存を国民の定義そのものとする形へ翻案された。マレーシアからの分離という条件が、民族的な多数派による国家という選択肢を初めから排除した。

成立:1960年代 / 根拠:チュア・ベンフアット『Communitarian Ideology and Democracy in Singapore』(1995); マイケル・バー & ザリーナ・スカッグ『Constructing Singapore』(2008)

派生 Derivation ナショナリズム → 古史古伝(周縁からの対抗史) 確度B

近代日本が国民国家としての起源を語る言語を必要とした過程は、古史古伝の生産と受容の条件でもあった。明治期には教部省が『上記』の翻訳を進め、大正から昭和初期にかけて宮下文書(1921年紹介)、竹内文書(1928年公開)、九鬼文書(1941年公表)が相次いで世に出て、いずれも日本を世界史の中心に置く構図を示した。戦後の東日流外三郡誌は、中央の国民的物語に対して東北という周縁の独自史を主張する形をとっており、同じ欲求が向きを変えて現れたものとして読める。

成立:1870年代-20世紀 / 根拠:長谷川亮一(近代日本の偽史と皇国史観の研究); 原田実『幻想の津軽王国』(1995年); 斉藤光政『戦後最大の偽書事件「東日流外三郡誌」』(集英社文庫、2019年)