FIG-0107 / 人物・神格(Figure) / 実在の王・大王

推古天皇

Empress Suiko

確度 A学術的定説

別名:豊御食炊屋比売命、豊御食炊屋姫天皇、豊御食炊屋姫尊、額田部皇女

古事記
豊御食炊屋比売命
日本書紀
豊御食炊屋姫天皇

欽明天皇と堅塩媛の子で敏達天皇の皇后、崇峻天皇の没後に豊浦宮で即位し、記紀が伝える最初の女帝となる。厩戸皇子と蘇我馬子が政を分担し、冠位十二階と十七条憲法の制定、遣隋使の派遣、仏教興隆の詔が治世に置かれる。620年に厩戸皇子と馬子が天皇記・国記を録したと日本書紀は記す。古事記の系譜記事はこの代で終わり、以後の天皇は日本書紀のみが伝えるため、記と紀の記述範囲が分かれる境目に立つ。

実在性の評価 実在が有力

623年の紀年をもつ法隆寺金堂釈迦三尊像光背銘、天寿国繡帳銘の「等已弥居加斯支移比弥乃弥己等」、668年の船王後墓誌の「等由羅宮治天下天皇」が、近接時期から治世を裏づける。隋書倭国伝は600年と607年の遣使を記しながら王を男性の「阿毎多利思比孤」とし、日本書紀が600年の遣使を記さない点とあわせて、坂本太郎以来この齟齬の解釈が論じられている。

この評価は、その存在が歴史的に実在したかについての学説の分布を示すものである。 実在しないことは、その物語が果たしてきた働きを少しも減じない。

祭祀と受容

陵は太子町の山田高塚古墳が磯長山田陵に治定されている。日本書紀は初め大野岡に葬り、のち磯長へ改葬したと記しており、治定はこの改葬先の記事に拠る。天皇自身を祭神とする社は乏しい。

種別
実在の王・大王
役割
秩序化
系譜(親)
欽明天皇
系譜(子)
(記載なし)
初出テキスト
古事記