NAR-0065 / 物語(Narrative) / カテゴリ:宗教
東方正教
Eastern Orthodoxy
確度 B有力だが異説あり
発生年代
4〜8世紀(七つの全地公会議による教義の確定)/1054年(東西教会の相互破門)
伝播経路
コンスタンティノープルを中心とする東ローマ帝国圏で制度化され、9世紀以降はキュリロスとメトディオスの伝道と教会スラヴ語の成立によりバルカン半島・ルーシへ広がった。オスマン帝国期にはミッレト制のもとで共同体として存続し、近代には各国の独立教会(アウトケファリー)が国民国家の形成と並行して成立、20世紀の亡命と移民により西欧・南北アメリカにも定着した。
現在の信奉者規模
1億〜10億(Pew Research Center の2017年報告『Orthodox Christianity in the 21st Century』で約2億6,000万人と推計。うち約1億人がロシアに集中し、自己申告の帰属と礼拝参与率の乖離が大きいことが同報告で指摘されている。)
対抗物語
現代への影響
東欧・南東欧・ロシア・コーカサスの暦、芸術、国民的自己記述に深く関与している。独立教会の管轄をめぐる問題は、20世紀以降の国家間関係と結びついて論じられることが多い。
関連する関係レコード
派生 Derivation キリスト教 → 東方正教 確度A
ギリシア語圏の教会が七つの全地公会議の決定を教義の完結した基準とし、五総主教座の同格性を前提とする教会観を保持した。1054年の相互破門と1204年の第4回十字軍によるコンスタンティノープル劫掠を経て分離が既成事実化した。
派生 Derivation 東方正教 → ユーラシア主義 確度B
コンスタンティノープル陥落後の「モスクワ=第三のローマ」という自己規定が、ロシアを西欧とは別個の文明的単位とみなす議論の宗教的な下地を供給した。20世紀の亡命知識人による定式化はこの下地を地政学的語彙へ翻案している。
対立 Opposition カトリック → 東方正教 確度A
ローマ司教の普遍的首位性を認めるか、五総主教座の同格性を保つかという教会観の相違が、フィリオクェ問題と典礼慣行の差と重なって分離に至った。政治的にはラテンとギリシアの帝国的枠組みの分岐が背景にある。
輸入翻訳 Import / Translation 東方正教 → ロシアの物語(第三のローマ/ルーシ起源) 確度B
1453年のコンスタンティノープル陥落後、正統信仰の守護者としての帝国の地位がモスクワへ移ったとする語りが、ビザンツの政治神学をロシアの文脈へ翻案する形で形成された。ビザンツ皇女との婚姻と双頭の鷲の採用は、この移転を象徴する装置として用いられた。