FIG-0037 / 人物・神格(Figure) / 神格
ウガヤフキアエズ
Ugayafukiaezu
確度 A学術的定説
別名:天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命、鸕鶿草葺不合尊、彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊
古事記
天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命
日本書紀
彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊
鵜の羽で葺いた産屋が葺き終わらないうちに生まれたことから名を得る。母トヨタマビメが去った後、養育に来た叔母タマヨリビメを妻とし、イツセ・イナヒ・ミケヌ・神武の4子を得て、神代から人代へ移る接合点に置かれる。記紀では一代の神名であるが、古史古伝はこれを長大な王朝の名へ読み替え、その代数は典拠ごとに食い違う。竹内文書は不合朝73代とし(同じ竹内文献を72代と数える整理もある)、上記は神武天皇を第73代としつつ王朝が74代続いたとする記述も併存させ、宮下文書は51代とする。
実在性の評価 神話的存在
日向三代の最後として神代と人代を接続する系譜上の位置を占めるが、独自の事績をほとんど持たず、系譜の接合点として構成されたとみられる。この名を冠する王朝を神武以前に置く竹内文書・上記・宮下文書はいずれも近世以降の偽作とされ、学界でその実在は認められていない。
この評価は、その存在が歴史的に実在したかについての学説の分布を示すものである。 実在しないことは、その物語が果たしてきた働きを少しも減じない。